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私と食肉の科学第7回 有原圭三(北里大学 教授)

 

「食肉科学に魅せられた40年」

 

北里大学 教授

有原圭三


 私が学問の対象としての「食肉」に出会ったのは、東北大学農学部の学部3年のとき(1981年)でした。足立達教授の畜産利用学の授業では、牛乳、食肉、鶏卵という主要な畜産物について、化学的な性質を重視した解説がされました。当時、私が牛乳・乳製品に関心を持っていたこともありますが、牛乳に比べると食肉は難しいという印象を持ちました。卒業論文と修士論文研究は、発酵乳にかかわるテーマでしたし、畜産利用学研究室全体でも食肉関連の研究テーマは非常に少なかったと記憶しています。そのような状況で、修士2年になるまで食肉科学を意識することはほとんどありませんでした。修士2年になり、食品関係の企業を目指し就職活動を始めようとしたころ、足立教授から青森県十和田市にある北里大学獣医畜産学部に助手のポストがあることを伝えられました。当時、大学教員になりたいという気持ちはまったくなかったため、少々戸惑いがありましたが、新鮮な魅力も感じ、恩師の勧めに従いました。

 1985年春に北里大学に着任したときは、ずいぶん遠くまで来たものだと思った一方で、いろいろなものから解き放たれた感じがしました。友人・知人からは、不便なところに就職したことを同情する声が多くありましたが、私自身はとても新鮮な気持ちでした。所属した畜産物利用学講座には、近藤洋教授と伊藤良助教授がおられ、食肉の色調を研究室の主要テーマとしていました。乳酸菌の研究しかしてこなかった修士課程修了直後の私には、少々馴染みにくいテーマでしたが、当時、伊藤先生が取り組んでおられたメトミオグロビン還元酵素系に関する研究に惹かれ、4年後に博士論文として纏めることができました。

 ところで、北里大学着任前に恩師の足立先生に勧められて購入した食肉科学の本が、「Meat Science第3版」(1979年刊)でした。正直、当時の私には難し過ぎる内容でしたが、恩師に「この本に引用されるような仕事をしなさい」と言われ、座右の書としていました。「引用」については、第6版(1998年刊)で実現し、博士論文のメトミオグロビン還元酵素系に関する知見が掲載されました。なお、Meat Scienceの著者のLawrie博士(1924-2007)はすでに故人ですが、現在も「Lawrie’s Meat Science」として版が重ねられています。

 学位取得後に、久しぶりに乳酸菌など微生物に関する仕事を手掛けたくなり、あれこれテーマを考えました。当時の日本では発酵食肉製品は馴染みが薄く、食肉科学領域の研究者であっても、海外の論文や書籍などで見かけるだけの存在でした。調べてみると、ヨーロッパでは生ハムや発酵ソーセージといった発酵食肉製品がごく一般的な食品であり、研究領域としても大きなものであることがわかりました。この領域で新参研究者ができることは何かと考え、日本で多くの研究が行われていたプロバイオティクス乳酸菌を、食肉製品に応用することを目指しました。当時、機能性食品という概念は発酵乳などの乳製品では盛んに導入されていましたが、海外を見ても機能性食肉製品に関するアプローチは、非常に乏しいものでした。

 ちょうどそのころ(1988年)、デンマーク・コペンハーゲンで国際食肉科学技術会議(35th ICoMST)が開催され、これが私にとって初めての国際学会での発表となりました。このときのCassens教授(米国ウィスコンシン大学)との出会いがきっかけとなり、留学の機会を得ることができました(1991~1993年)。米国留学中は、Cassens教授のMuscle Biology LaboratoryとLuchansky教授のFood Research Instituteを行き来する日々でした。Muscle Biology Laboratoryでは、学位論文の研究でやり残していた免疫組織化学的な実験を行い、よい結果を出すことができました。また、Food Research Instituteでは、食肉の色調に関与する乳酸菌など、微生物関連の仕事をしました。研究に注力することができた期間で、それなりの数の論文にまとめることもできました。2018年にシカゴで開催された学会に出席した帰路に、35年ぶりにウィスコンシンを訪れましたが、大学キャンパスはあまり変わっておらず、当時住んでいたアパートもそのままでした。しばし、懐かしい気持ちに浸ることができました。

 留学を終えた後は、本格的に機能性食肉製品の研究に取り組むこととなりました。とくに、プリマハム基礎研究所の鮫島隆氏のグループとの共同研究を推進し、プロバイオティクス乳酸菌や食肉タンパク質分解物(ペプチド)に関する基礎的な知見を蓄積するとともに、製品への応用も重視した研究を進めました。鮫島氏をはじめとするプリマハム基礎研究所のメンバー5名が北里大学に博士論文を提出し、学位を取得することができたのはよかったと思っています。共同研究により、多くの研究業績(論文、総説、特許等)をあげることができ、その後の競争的研究資金の獲得にも大いに役立ちました。

 ところで、多くの日本食肉科学会会員にとって重要な存在である国際食肉科学技術会議(ICoMST)には、1988年以降できるだけ参加するように努めました。そのかいあってか、2006年にアイルランド・ダブリンで開催された52nd ICoMSTで招待講演の機会をいただくことができました。「Strategies for designing novel functional meat products」という演題で、Meat Science誌に総説としても掲載されました。総説ということもありますが、私の執筆した論文の中で一番多く引用されたものとなりました。ちなみに、これ以前のICoMSTで機能性食肉製品に関する招待講演は無かったという話でした。この講演がひとつのきっかけになり、食肉科学分野での機能性食品研究が盛んになっていったと密かに自負しています。

 今日に至るまで、食肉タンパク質から生成する生理活性ペプチドの研究は続けています。スペイン国立食料農業研究所のToldra教授のグループとの共同研究も多くの成果をあげており、生ハムや発酵ソーセージが機能性食品として再評価されるようになっているのは喜ばしいことです。Toldra教授の住むスペイン・バレンシアを、私は3回訪れていますが、地中海に面したビーチ、南欧らしい街並み、オレンジが実る街路樹、バレンシア中央市場と、実に魅力的な街です。よく、学生諸君にお薦めの海外旅行先はと尋ねられますが、私のイチオシはバレンシアです。

 食肉タンパク質由来のペプチドから派生した仕事に、機能性ペットフードに関するものがあります。ペットフードメーカーに勤務する私の研究室の卒業生から、20年ほど前に(2004年ころ)連絡がありました。研究室で得られた成果をペットフードに利用して、魅力的な機能性ペットフードの開発はできないでしょうかというものでした。まったく考えていなかったテーマでしたが、逆に新鮮に感じられました。また、運よく「動物性タンパク質分解物を利用した機能性ペットフード素材の開発」と題した申請が、農林水産省系(生研センター)の競争的研究資金に採択され、大きく前進させることができました。アイシア社のMiawMiaw(ミャウミャウ)シリーズは、ペプチド素材を利用した美味しくて体によいキャットフードとして、多くのユーザーにご愛顧いただいています。ペットフード関連の仕事は、今日でも私の研究の柱のひとつとなっており、大学発ベンチャーの設立にもつながりました。

 ペットフードの研究を手掛け始めたころ、大畑素子先生が助教として私たちの研究室に着任しました(2007年)。大畑先生の着任は、新たな研究展開のきっかけとなりました。これまで私たちの研究室で行われてきた機能性研究と大畑先生が得意とする香気研究の接点を模索した結果、ペプチドなどのタンパク質分解物からメイラード反応により生成する香気成分の保健的機能性に注目することになりました。目指すところは、「香りの機能性食品」の誕生でした。その後、この研究は、二人の大学院生の博士論文にもなり、多くの論文公表や特許出願も行うことができました。「香りの機能性食品」に先んじて、「香りの機能性ペットフード」も誕生させています。異分野融合ということがよく言われていますが、この研究はそのよい例かと思っています。

 北里大学の畜産物利用学講座に着任してから、早いもので40年近くが経ちました。所属学科は畜産学科から動物資源科学科となり、組織も講座制から研究室制へと移行しました。研究室名称も、食品科学を経て現在の食品機能安全学となりました。現在(2024年2月)の研究室は、大畑素子先生の転出(2016年)後、小宮佑介准教授(2016年着任)と長竿淳准教授(2018年着任)が加わった3人体制となっています。彼らが中心となって取り組んでいる筋肉あるいは食肉に関する斬新なアプローチも、すでに大きな成果をあげており、今後のさらなる発展を楽しみにしています。今回、小宮先生と長竿先生のお仕事の詳細を紹介できませんでしたが、お二人とも日本食肉科学会の会員なので、いずれ別の機会にまとまった研究成果を、このホームページ上で披露してくれることと思っています。

 

(2024年2月記)