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私と食肉の科学第6回 六車三治男(宮崎大学名誉教授)

52年間の食肉科学の研究を振り返って

宮崎大学名誉教授
六車三治男


 私の食肉科学の研究は、宮崎大学農学部畜産製造学研究室で、大橋登美男先生の指導のもと「食塩および各種ポリリン酸塩が畜肉の保水性に及ぼす影響について」とのタイトルの卒業論文を取りまとめたのが始まりである。

 その後1969年に九州大学大学院農学研究科畜産学専攻に進学した。当時、所属した畜産製造学研究室は、安藤則秀教授、赤司景講師、永田致治助手、伊藤肇躬助手によって構成されていた。研究室では肉製品工業上大きな問題とされていた、肉製品の発色、変色の問題、保水性の問題、保存の問題を中心に研究が進められていた。修士課程で、私は永田先生の指導のもと、保水性に関連した筋肉中のヌクレオチドの挙動に関する研究に取り組んだ。

 博士課程進学直後に安藤先生がご退官し、その後任として北海道大学から深沢利行先生が教授として着任された。深沢先生は、食肉の熟成に伴い筋原線維のZ線が断裂して小片化することを発見し、「筋原線維Z線の構造と食肉特性との相関」に大きな関心を寄せておられた。私は、博士課程の途中から「骨格筋の筋原線維Z線の構成成分に関する研究」に取り組むことになった。研究に必要な電子顕微鏡技術は、深沢先生から直接ご教示いただいた。また、北大の安井 勉教授のご厚意により、夏休みを利用して高橋興威先生から電顕のネガティブステイニングの技術を教わる機会も得た。当時大学院生であった服部昭仁先生と、学位論文研究について語り合ったり、クラーク博士の銅像が見える中庭でソフトボールに興じたり、いまも大切な思い出として脳裏に刻まれている。

 1975年に九州大学助手に任用され、その職務と学位論文研究を両立すべく取り組んだ。筋原線維からミオシンを抽出したI-Z-I brushesから、カルシウムイオンの添加によりZ線を構成するタンパク質の抽出を試みた結果、Z線の崩壊とともに既知のZ線構成成分のα-アクチニン以外に、分子量22万の新規なタンパク質が溶出することを発見した。さらに、カルパイン処理によりZ線崩壊の程度の異なる筋原線維を調製し、それらにMg2+ATPの添加により形成された収縮帯形成率と遊離Z線構成成分との相関を検討することにより、分子量22万の成分が新しいZ線構成成分であることを明確にした。新規22万成分は、既知のZ線構成成分のα-アクチニンとI-フィラメントを接合する役割を果たしていると推定した。カルシウム存在下カルパイン処理により22万成分の分解と共にZ線の脆弱化が引き起こされることから、食肉の軟化とも密接に関係していることを示唆した。これらの研究成果は、Biochem. Biophys. ActaJ. Biochem., に掲載され、博士の学位を取得することができた。

 学位取得後、深沢先生のご紹介で、米国アリゾナ大学 Muscle Biology グループのDr. Goll教授の研究室に2年間留学する機会を得た。アリゾナ大学へ転勤前のアイオワ州立大学のGoll教授の研究室では、沖谷明紘先生や鈴木敦士先生がカルパスタチンの発見やカルパインの研究等で素晴らしい成果を挙げておられた。アリゾナ大学でもGoll教授は継続してそれらの研究に精力的に取り組んでおられた。私は、研究室の主要研究課題の補助以外に、分子量22万成分を含む細胞骨格タンパク質の単離・精製に取り組むことになった。明るくて広い低温室には、最新鋭のタンパク質精製装置が6ステーション設置されていた。当時、5名の留学生で共用していたが、予約がないと私が使用することから、いつのまにかステーションマスターとのニックネームで呼ばれるようになった。そのお陰で、22万成分のほかビンキュリン、ゲルゾリン、α-アクチニンなどを単離・精製できた。アクチンとの相互作用をオストワルド法やフォーリングボール法による粘度変化や遠心分離による共沈法により検討した。フォーリングボール(落下球)法では、100 μlのガラスキャピラリ中に各種調節タンパク質を混合したアクチンを入れ、ステンレスの小球(直径0.6 mm程度)の落下速度を測定することにより粘度を求める単純な手造りの装置を用いた。アクチンと共沈した分子種の同定には、手製のアクリルアミドゲル濃度勾配作製装置により作製したゲルプレートを用いてSDS-PAGEを行った。その結果、アクチンフィラメントを切断するゲルゾリンのアクチン調節タンパク質としての作用、ビンキュリンの細胞接着装置の構成要素としての役割に関する成果が得られ、マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋生物学研究所で開催された学会のポスターセッションで発表することができた。その時、米国滞在中の東京大学の江橋節郎先生からご質問いただき大変感激したことを、鮮明に記憶している。留学中、ビタミンCの発見者としてノーベル生理学・医学賞を受賞され、筋肉の研究でも有名なアルバート・セント=ジョルジ博士の記念講演を拝聴する機会に恵まれた。ノートにいただいたサインが私の宝物である。そのほか22万成分がタリンであることも認めるなど、こらからの研究の進展に繋がる成果を得て帰国した。

 帰国後の継続研究により、新しい方法で精製したタリンは、アクチンと直接結合することを世界で初めて明らかにし、in vivo でもアクチンと細胞膜間の接着部位でアクチン線維の組織化に重要な役割を演じていることを示唆した。さらに、タリンとα-アクチニンはアクチンの重合の速度および程度を増加させ、タリンはアクチンフィラメントの限られた部位を架橋する作用を認めた。これらの研究成果は、Biochem. Biophys. Res. Commun.,J. Biol. Chem., に掲載された。1986年には、オハイオ州立大学獣医学部の山口守教授の研究室に半年間滞在し、Z線の構造解明に関する研究や、室温でも保存可能な中間水分肉作製に関する研究を進めることができた。深沢先生から頂戴した研究課題がいつのまにか一番興味あるテーマになり、先生のご支援のもと研究を発展させることができた。今日の私があるのは、深沢先生のおかげと心から感謝申し上げます。

 深沢先生がご退官され伊藤先生が教授にご昇進後、私は1993年に助教授に昇進した。助教授として教室の運営を補佐するかたわら、細胞骨格タンパク質の研究を継続し、乳タンパク質と食肉タンパク質の混合系のレオロジーやタンパク質接着酵素トランスグルタミナーゼの肉製品への利用等に関する研究にも取り組んだ。伊藤先生のすすめで、大阪大学蛋白質研究所の共同研究員として、蛋白質化学研究部門の田嶋正二教授のもとで、遺伝子工学的手法を用いたDNAのメチル化の制御に関わる研究に携わり、脱メチル化剤で誘導される新規な遺伝子(AZ2)のcDNAの単離と塩基配列を決定し、その成果が学術雑誌Geneに掲載された。その後、遺伝子工学的手法を食肉科学の研究に導入できなかったことは残念である。助教授として新たに設定した研究課題での修論生・卒論生の教育・研究指導を通じて、教育者としての喜びも実感することができた5年間であった。教育・研究者として新たなステップに進むためのサポートをしていただいた伊藤先生に感謝申し上げます。

 1998年、山内先生のご尽力により、宮崎大学農学部畜産製造学研究室に恩師大橋先生ご退官後の後任教授として赴任した。当時の研究室は、生物資源利用学科(旧農芸化学科)に所属して大講座制をとっていた。山内清教授、河原聡助手の2名に私が加わることになった。河原先生は私より一足早く九大から赴任して、研究室の一員となっていた。研究室は、2000年の学部改組で応用生物科学科に改名され、食品機能化学講座に所属することになった。山内先生は、ご専門の食肉脂質の共役リノール酸やトランス脂肪酸などの研究を、河原先生とともに進めておられた。私は食肉のタンパク質に関連した研究を継続するとともに、食肉・肉製品の機能性を探索する研究も手掛けることにした。

 赴任直後に鹿児島大学大学院連合農学研究科の教授も併任し、博士の学位取得を目指す研究者の主指導教員となる資格を得た。2007年からは、宮崎大学大学院農学工学総合研究科として博士後期課程の学生を受け入れるようになった。定年までの14年間に国費留学生3名、社会人8名、合計11名の主指導教員として、学位取得に貢献することができた。鹿児島大学大学院連合農学研究科で5名、宮崎大学大学院農学工学総合研究科で6名の博士を輩出した。

それらの研究課題は下記のとおりである。

①食肉の持つ機能性成分の検索と作用機作の解析 ②The improvement of the properties of collagen gel using microbial transglutaminase. ③Investigation of the significant effects of transglutaminase on the rheological, physicochemical and structural properties of vertebrate muscle proteins. ④マグロ肉および牛肉の保存性に及ぼす脱水および調湿シートの効果 ⑤畜産副生物の機能性に関する研究 ⑥高齢者ソフト食品の開発と物性検査法の確立 ⑦Studies on fermentation-aided conversion and utilization of food by-products for swine production. ⑧Post mortem proteolysis of cytoskeletal protein talin. ⑨ブタ肝臓水解物の機能性に関する研究 ⑩Studies on lactic acid bacteria from traditional Mongolian daily products and their functions as probiotics. ⑪屠畜副産物の持続的利用に資するヘパリン原薬製造における精製工程および分析方法の至適化に関する研究

 博士課程の研究期間は3年間で、国費留学生や社会人研究者の場合、できる限り期間内に論文を提出することが望ましい。その際、学位論文提出者は、査読付き学術雑誌に筆頭著者として2編以上の原著論文を有するものとの要件を満たす必要がある。学生の研究指導では、常に研究の進捗状況を把握し、できるだけ要件を満たすことができるように研究指導するよう心掛けた。最後の社会人の学位取得前に私が定年を迎えたため、河原先生に主指導を代わっていただき、無事に11名の博士を輩出することができた。これらの研究から、畜産食品由来の機能性ペプチド等に関連した特許も14件申請した。博士号を取得した研究者は、留学生を含めて4名が大学の教員として、7名は食肉製品製造会社や製薬会社、県警科学捜査研究所などで活躍している。 

 2012年に定年を迎えた。科学研究費による研究「高機能発酵食肉製品の開発研究」が残っていたため、運営委員を務めていた宮崎大学産学地域連携センターに所属して最終年度の研究を取りまとめた。山内先生がご退官後、2007年に准教授に昇進した河原先生には、2013年まで様々なサポートにより私を支えていただき、教育・研究を遂行することができた。感謝にたえません。2014年に教授に昇進され畜産食品化学研究室を担当しておられる。

 縁あって2015年、南九州大学健康栄養学部管理栄養学科の栄養学研究室担当の教授として赴任した。はじめて担当する講義や実験・実習に関する資料作成、卒論生の指導などに追われた1年であった。管理栄養士養成のための実験実習の立ち上げでは、竹之山 慎一教授に大変お世話になった。先生とは、食品残渣(焼酎粕、ワイン粕、さつま芋茎葉、魚粗発酵物等)給与による家畜・家禽の肉質改善に関する共同研究を行っている。卒業論文の研究課題として、食肉業界にも貢献できる「新規なカビ発酵食肉製品の開発・研究」と「ミート&フィッシュドリンクの開発と機能性」に取り組むことにした。マルナカ・フーズ代表中村豊郎先生(元伊藤ハム(株)取締役中央研究所長・元共立女子大学教授)からは、食品企業の研究開発者としての立場からご助言いただき、感謝申し上げます。管理栄養士の国家試験合格を目指す卒論生は勉強に追われている。時間の許す限り一緒に実験することを心掛けた。赴任して2年目から、健康栄養学部長と管理栄養学科長を併任することになり、さらに多忙な日々となった。地道に研究を継続した結果、鰹節菌により発酵したハムは新規な熟成風味を発現し、日本産生ハムの可能性を見出すことができた。ミートドリンクの研究では、高齢者、幼児、低栄養者、咀嚼・嚥下障害者そしてアスリートがいつどこでも手軽に利用できる「食べる肉から飲む肉」を開発できた。それらの研究成果は、日本栄養改善学会で公表した。2018年に70歳の定年により常勤の教員を退職し、現在、学校法人南九州学園(南九州大学・南九州短期大学)理事として、微力ながら学園の運営に携わっている。

 最後に、今までの沢山の恵まれた「出会い」から、多くの食肉科学の研究者にお世話になり、心から感謝申し上げます。研究者もそれぞれの立場(大学の研究者、企業の研究者等)で研究に対する価値観が異なっていると思う。それぞれの立場での価値観を適切にとらえて研究を進めることが大切でしょうが、それぞれの研究者がいかに自分の個性を研究に注入できるかにこだわってほしい。自分が興味を持ったテーマをとことんつきとめる。良い研究課題の解明には大きな困難があるが、この困難を突破していただきたい。若い人が自由な研究をし、余裕をもって自分の力を涵養する研究環境であることを願っている。食肉科学分野の研究・開発が一層発展することを祈念している。

 

(2020年7月記)