食肉用語の解説筋細胞

 私たちが利用する食肉とは、いわゆる家畜や家禽をはじめとした動物の「筋肉」が原料です。生体の様々な器官や臓器の基本構成単位は細胞ですので、食肉科学分野には筋肉の細胞生物学を専門とする研究者の方々がもちろんいらっしゃいます。細胞生物学と聞くと少し取っ付きにくいなぁ…と感じる方もいらっしゃると思いますが、少し理解を深めることで、私たちの食卓における科学の存在を実感できるきっかけとなるかもしれません。そこで本用語解説では、筋細胞の特徴について、できる限りかみ砕いてかつ簡単にご紹介をさせていただきます。詳しく学ばれたい方は、細胞生物学や畜産物利用学関連の書物を手に取っていただくことをお勧めします。

 さて、食肉として用いられている筋肉は、“骨格筋”、“平滑筋”そして“心筋”の3種類が挙げられます。骨格筋は身体の支持や運動を司るため、体の中の多くの部位に存在する随意筋(自分の意思で動かすことができる筋)です。心筋は心臓を、平滑筋は消化管、血管、生殖器官などをそれぞれ構成する不随意筋(随意筋とは反対の性質をもつ筋)です。各筋肉で共通した特徴は、「収縮する」という“動き”を生み出す器官であること。収縮するためには、以前紹介のあったミオシンや、アクチンといった筋肉の代表的なタンパク質が関与する点も、各筋肉における共通点です。しかし、それぞれの筋肉を構成する細胞の形態や特徴は大きく異なっています。 

 まず、骨格筋についてです。精肉あるいは食肉加工品として最もポピュラーな筋肉と言って過言ではないでしょう。骨格筋を構成する細胞は、とても巨大であり細長い構造を持つことから「筋線維」という名でも呼ばれます。お示ししている写真は培養中の筋線維を顕微鏡で観察しているものです。拡大すると、美しい縞々すなわち横紋構造が確認できます。この細胞のユニークな点は、筋線維のもととなる細胞(筋芽細胞)同士が多数融合して形成されるため、細胞核をたくさん持っていることです(“多核”であると表現します)。ちょっとマニアックな話ですが、筋線維は自身で細胞分裂することはできないため、肥大する際には筋線維上に局在する幹細胞(別名で“衛星細胞”とも呼ばれています)が活躍することも興味深いです。実は、お示しした写真には、筋線維上を駆け回る幹細胞らしき細胞たちも一緒に写っていますので、筋線維の横紋構造と併せて探してあげてください。

 次に、心筋についてです。焼肉や焼き鳥のハツとして、ファンが多い筋肉ではないでしょうか。心筋の細胞は、骨格筋とは異なって1つの細胞核しか持ちません。しかし、心筋細胞同士は介在板という接着班(デスモゾーム)で繋がっているため、多くの細胞が密に存在しています。そのため、心筋は骨格筋の筋線維と同様に、美しい横紋構造がはっきりと確認できることが特徴的です。ハツがコリコリとした食感であることも、心筋細胞の特徴を知ると納得のいくものです。

 最後に、平滑筋についてです。焼き肉では、ガツ(牛ではミノと表記)、ヒモ、コブクロなどといった多種多様な部位となっている筋肉です。ホルモン系の焼き肉と表現すると、より馴染み深いと思います。平滑筋細胞は心筋と同じく単核の細胞ですが、平滑筋は心筋のように綺麗な横紋構造が確認できません。その理由として、細胞内にあるミオシンやアクチンといったタンパク質から構成される筋原線維構造の配置がバラバラだからです。しかし、他の筋肉と同じく収縮能力を持っていることは事実で、収縮タンパク質たちの足場のような役割を担うデンスボディーと呼ばれる構造物を持っていることが大きな特徴になります。

(九州大学 鈴木貴弘)