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【大会報告】第65回大会

多くのご協賛を頂き第65回大会日本食肉科学会大会は2024年6月22日(土)に北里大学獣医学部十和田キャンパスを会場とし、対面開催されました。ご協賛下さいました企業関係各位に厚く御礼申し上げます。

 

まず、有原圭三理事長による開会挨拶が行われました。開会の宣言とともに、遠隔地である青森県十和田市での開催であるにもかかわらず、多くの参加者・発表者があったことに対する喜び、ICoMST2022の特別記念冊子作製などについてお話がありました。

 

開会の挨拶をする有原圭三理事長

 

午前のセクションでは、座長の北海道大学の若松純一会員、酪農学園大学の岩崎智仁会員、九州大学の鈴木貴弘会員の進行で9題の若手優秀発表がおこなわれました。若々しい演者によるフレッシュな発表と活発な討論が行われました。各演題は以下の通りです。

 

(1)食肉中の亜鉛プロトポルフィリンIX形成における脱鉄および亜鉛挿入へのフェロケラターゼの寄与に関する研究

  奥村崚太(北海道大学大学院農学院)

(2)コリン作動性神経の時計遺伝子Bmal1による遅筋の形成および代謝のリズム制御機構

  藤原早紀(岐阜大学大学院自然科学技術研究科)

(3)無塩溶液に溶解したミオシン尾部の構造変化

  池内優季(北海道大学大学院農学院)

(4)高圧解凍が冷凍鯨肉の品質に及ぼす影響

  蔡 婧穎(新潟大学大学院自然科学研究科)

(5)高圧処理が低塩豚肉ゲルの加熱ゲル形成挙動と官能特性に及ぼす影響の

検討

  王 瑋童(新潟大学大学院自然科学研究科)

(6)チョコレート添加飼料の給餌が豚の発育および肉質特性に及ぼす影響

  山邉航也(新潟大学大学院自然科学研究科)

(7)短期的なリハビリでは廃用性筋萎縮後の「筋肉の質」は回復しない

  栗木智弘(名城大学農学部)

(8)塩麹浸漬ささみ肉の摂取は血圧上昇を抑制する

  川北朗広(名城大学大学院農学研究科)

(9) オレイン酸摂取がマウスの骨格筋再生に及ぼす影響

  宮木麻里菜(北里大学獣医学部)

 

 

お昼休み後のポスターセッションも、会場に大勢が詰めかけ熱気に満ちたセッションとなりました。23件の一般発表に加え、若手優秀発表賞候補者によるポスター発表8件も加わり、合計31件の発表がありました。1時間のセッションでしたが、ポスター番号の偶奇で発表時間が前半と後半に割り振られ、発表者はそれぞれの持ち時間で研究発表をおこないました。若手優秀発表賞候補者の方のポスターには、口頭発表で確認できなかったことなどの質問を受ける姿もあり、優秀発表賞獲得への期待も高まったことでしょう。一般発表のポスターにもたくさんの人が群がって、活発な意見交換がおこなわれていました。混雑しており限られた時間で十分に話を聞けたかちょっと心配ですが、きっと参加者全員が研究開発のアイディアになる情報を交換できたのではないでしょうか。

ポスター発表の様子1

ポスター発表の様子2

 

特別講演1では、タイはバンコクにあるモンクット王工科大学ラートクラバン校(King Mongkut’s Institute of Technology Ladkrabang、KMITL)の畜産水産学部 農業工学科のRutcharin Limsupavanich博士により、「Meat Production and Quality in Thailand(タイにおける食肉の生産と品質)」というタイトルでご講演頂きました。

 

座長の神戸大学上田修司会員のご紹介によりますと、KMITLは創設時から日本と縁の深い大学であるというだけではなく、2022年の日タイ包括的戦略的パートナーシップ締結を受けて日本とタイは全方位で連携して人材育成等を進めていくことになっていることと、ICoMST(国際食肉科学技術会議)におけるタイ代表を務められていることが紹介されました。

 

「ありがとうございます」と日本語でのご挨拶から始まり、学会理事長の有原会員はじめ関係各位への感謝を述べられました。

にこやかにご講演されるLimsupavanich博士

 

ご講演では、所属されている大学(KMITL)についてまず紹介があり、日本にある多くの大学や研究機関とMOU(基本合意)を結んでいるとのことで、食肉科学会会員の所属機関ともすでに関係がありKMITLを身近に感じることができました。Limsupavanich博士の研究室には修士課程学生が約25人いらっしゃるとのことで、日本語を話す複数の学生さんの動画紹介もあり、和やかな研究室の雰囲気が伝わってきました。Limsupavanich博士ご自身はカンザス大学で食肉品質に関する研究で学位を取得されたそうで、直近ではマンゴスチンを添加した加工品の品質評価などもしているそうです。

 

次に、タイの食肉生産と品質の現状について、研究室で得られたデータも交えながらご紹介いただきました。

 

タイの食肉生産量は世界的な傾向と同じく増えているそうです。タイは日本の主要な鶏肉輸入先(第2位)であることからも想像できますが、鶏肉輸出量は世界4~5位とのことです。国内の鶏肉生産の 40%が輸出に向けられ、タンパク質源への国際的需要増を受けて今後も成長が見込まれており、引き続きタイの食肉生産を鶏肉がけん引すると考えられるようです。

 

豚の生産に関しては、生産状況等の紹介の他に、アフリカ豚熱の話題にも触れられました。タイでは2021年11月に発生したアフリカ豚熱により、国内の小規模養豚農家の93%が影響を受けた一方、大規模農場は良い衛生管理システムによりダメージは比較的少なかったとのことです。2023年時点での豚肉生産はASF発生前の量には回復しておらず、生体輸入が依然として通常より多くおこなわれているとのことでした。豚肉の家庭消費は、鶏肉と同様に、伝統的な(冷蔵設備の十分でない)市場での購入が多いとのことです。

 

持続的な地域経済のために、タイ独自の鶏品種の振興を国の研究資金を投じてこの15年来実施し一定の市場を形成しているなどの取り組み成果もあるそうですが、自由貿易を背景に特にUSAから中品質の牛肉が安く大量に輸入されるようになり、国内の小中規模の豚肉・牛肉生産者が困難な状況に置かれており、タイにおける持続可能な小中規模生産システムの模索もおこなっているとのことでした。

 

ご講演内容が盛りだくさんでしたので質疑の時間が十分にとれなかったのが残念でしたが、Limsupavanich博士が「懇親会に参加予定です」とおっしゃられたので、そちらでディスカッションも十分におこなわれたことでしょう。Limsupavanich博士、ご講演どうもありがとうございました!

 

 

特別講演2では、座長の麻布大学水野谷航会員の進行により、東京歯科大学短期大学の安松啓子博士により、「脂肪味―機能解明の最前線―」というタイトルでご講演頂きました。プレリミナリーなデータも含め、脂肪味の受容機構からオーラルフレイル、メタボリックシンドロームとの関連まで多岐にわたる最新の研究内容でした。

安松博士のご講演の様子

 

まず、舌に発現する脂肪酸受容体と脂肪味の美味しさの感知についてのお話がありました。舌の味細胞には、脂肪酸を受容するいくつかの受容体が発現しており、特にヒトではCD36とGPR120が機能しているそうで、マウスの実験で、舌に脂肪酸を与えると鼓索神経と舌咽神経の約17.9%と10%が応答し、甘味とうま味神経の多くが脂肪酸に反応するとのことでした。GPR120が欠損したマウスでは脂肪酸応答が激減し、行動実験で脂肪酸の味を感知できなくなるそうです(うま味物質グルタミン酸との区別がつかなくなった)。CD36とGPR40のアンタゴニスト処理は脂肪酸応答を抑制し、オレイン酸の嗜好性を減少させたことから、これらの受容体がオレイン酸の美味しさに関与している可能性が高い、とのことでした。

 

 また、味覚によってホルモンが分泌される脳相分泌の重要性についてもお話があり、味覚が鈍感になることによる摂食抑制ホルモンの分泌が低下し、メタボリックシンドロームやフレイルの促進といった悪循環に陥るリスクがあるとのことでした。現在はオーラルフレイルとは加齢に伴う咀嚼能力の低下などを指していますが、味覚障害もオーラルフレイルの一つとして捉えることができるとのことです。高齢化やそれに伴う疾患によって味を感じにくくなると、脳に伝わる美味しさの情報が減ることで食欲が起こりにくくなるため、栄養不足に陥り、フレイル、ひいては要介護へと移行する恐れもあるようです。さらに味覚異常は食物選択と量に影響を与えるため、インスリン分泌の遅れなどの摂食調整機構の乱れを引き起こし、食べ過ぎ、メタボリックシンドロームにつながる可能性があるようです。味覚受容体は多くの器官で発現し、栄養バランスやホメオスタシスの調節に関与する可能性も示唆され始めている、とのことでした。最後に聴講者への脂肪味チェックが実施され、日常の食事環境から自分たちの脂肪味に異常をきたすリスク度を確かめることができました。多くの方々は基準値を上回っていたようで、自身が脂肪味異常を生じる可能性のある食生活を知らぬ間に送っていたことに驚きの声が会場から上がっていました(筆者もだいぶ基準より高い数値でした。気をつけます)。

 

我々に身近なトピックスである食事と疾患の関係を最新の科学データから丁寧にご講演いただき、会場の皆さんも大変満足していただいた様子でした。安松博士ご講演ありがとうございました。

 

 

特別講演3では、座長の北里大学小宮佑介会員の進行により、北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンターの小笠原英毅博士により、「真に持続可能な肉用牛生産を目指して〜北里大学獣医学部附属FSC八雲牧場の挑戦〜」というタイトルでご講演頂きました。

 

小笠原博士のご講演の様子

 

まず、八雲牧場の特色とこれまでの歩みについてお話がありました。北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター八雲牧場は、1976年に設立され、当初は肉牛の放牧飼養による牛肉生産を目指していましたが、時代の流れに伴い、安価な輸入穀物飼料を利用した脂肪交雑重視の牛肉生産に移行しました。その後、家畜ふん尿の処理問題に直面し、1994年から未利用資源を活用した自給飼料100%の放牧飼養に転換しました。2009年には国内初の有機JAS認証を取得し、「北里八雲」の商標でブランド化しました。主要品種は和種「日本短角種」で、人工授精と自然交配を併用し、放牧と自給飼料のみで飼養しています。生産方式は夏は放牧、冬は舎飼いの「夏山冬里方式」で、草地にはイネ科とマメ科の混合草が利用されています。草資源のみの飼養管理で高品質な赤身牛肉を生産しており、脂肪が少なく(ロース中脂肪含量:夏期5%、冬期10%)、持続可能な畜産方式を実証しています。その科学的エビデンスとして、窒素循環やエネルギー消費量などの研究を進めてきました、とのことでした。

 

次に、真に持続可能な畜産方式を確立、普及させるための、経済的観点からの挑戦についてのお話がありました。経済的に持続可能とするために、八雲牧場内で飼育可能な頭数を超えた出荷数を確保する必要があり、非常にハードルの高い増頭計画が立てられました。具体的には、増頭前の飼養頭数は約250頭、出荷頭数は約60頭で、持続可能な経営のためには年間125頭の出荷が必要とされていました。これを達成するために総飼養頭数を400頭まで増やし、八雲町の協力を得ながら、草地面積の拡充と販売先の拡大を図りました。小笠原先生も販売の現場に足を運んで自ら業務に携わったそうです。2018年度からの増頭計画は2022年度に終了し、総飼養頭数は430頭となり、有機肉用牛の年間出荷頭数が国内初の100頭を超えました。現在では関東圏や関西圏の生協や小売店で販売され、収益面でも軌道に乗ってたそうです。

 

放牧と自給粗飼料のみで生産される日本短角種の骨格筋特性についても研究されており、特に放牧飼養時の筋線維型構成割合などのデータを用いてのお話がありました。放牧飼養により、大腿二頭筋の遅筋型筋線維(I型やID型)の割合が増加し、筋線維内に蓄積する脂肪滴が多くなることが明らかになりました。また、穀物型有機畜産でも同様の解析を行い、筋の収縮や支持が持続的に作用する骨格筋ではID型筋線維の割合が高いこと、脂肪滴含有筋線維の割合がグラスフェッドで多いことが示されています。特に鎖骨頭筋乳突部での脂肪滴含有筋線維の高発現が、牧草型有機畜産で生産された日本短角種の特徴となる可能性があります。また、ミオスタチン欠損日本短角種の骨格筋特性についてのお話もあり、皮下・筋間にほとんど脂肪が入っておらず、筆者はぜひ食べてみたいと感じました。

 

非常に熱のこもった講演で(トレードマークのおでこにタオル巻きは登場しなかったものの)、会場の皆さんも小笠原博士のご講演に惹きつけられた様子でした。小笠原博士ご講演ありがとうございました。

 

 

全てのセッションが終了し、若手優秀発表賞の審査委員長の若松委員より受賞者の発表がありました。受賞者は有原理事長より表彰状を授与されました。以下の3名が受賞されました。おめでとうございます!今後の活躍が期待されます!

・奥村 崚太さん(北海道大学大学院農学院)「食肉中の亜鉛プロトポルフィリンIX形成における脱鉄および亜鉛挿入へのフェロケラターゼの寄与に関する研究」

・蔡 婧穎さん(新潟大学大学院自然科学研究科)「高圧解凍が冷凍鯨肉の品質に及ぼす影響」

・宮木 麻里菜さん(北里大学獣医学部)「オレイン酸摂取がマウスの骨格筋再生に及ぼす影響」

 

左から有原理事長、宮木さん、奥村さん、蔡さん

最後に、有原理事長より閉会挨拶がありました。大会が成功裡に終了できたことに対する御礼と、畜産学会京都大会でのシンポジウムのお知らせなどがあり、今後も本会を発展させていきましょうとのお言葉があり、大会の結びとなりました。

 

 大会終了後には懇親会が開催され、日本獣医生命科学大学の松石昌典副理事長の乾杯の挨拶で始まり、熱い研究の話で大いに盛り上がりました。

乾杯の挨拶をする松石副理事長

懇親会の様子

2024年07月01日