【セミナー報告】日本食肉研究会 秋季特別セミナー
2020年9月19日にZoomを使用したリモート形式にて、秋季特別セミナー2020が開催された。本セミナーは新型コロナウイルス感染拡大による第61回大会中止の代替大会として実施された。セミナー参加人数はおよそ80名であった。質疑に関してはチャット機能を用いて行われた。
坂田亮一会長による開会挨拶の後、令和元年度伊藤記念財団賞受賞講演、また特別講演「新型コロナウイルス感染拡大における医療と食肉加工の現状」として3題、合わせて4題の講演が催された。
◆令和元年度伊藤記念財団賞受賞講演
演者:林利哉会員(名城大学 教授)
演題:動物性タンパク質食品の加工と機能改善に関する研究〜安全、美味しい、健康に優しい食創り〜(座長:宮口右二幹事)
林会員のこれまでに精力的に取り組んでこられた研究についてご講演いただいた。多岐に渡る研究業績の中から大きく2つのテーマが取り上げられた。一つ目はレトルト食肉の機能維持・改善についてである。レトルト加熱を行うとモデルソーセージのテクスチャー特性は大きく低下するが、ミオシンーアクチンのゲル構造に着目し、大豆や卵白由来の異種タンパク質の混合によりその改善手法を見出した。さらにレトルト加熱によりACE阻害活性が増強されることも明らかにした。二つ目は低温性乳酸菌を用いた食肉の機能改善である。多くの機能性が解明されている乳酸菌であるが、食肉加工に適した低温性の乳酸菌についてはまだ研究の余地が大いに残されている。そこで、選抜した乳酸菌を用いて低温発酵により食肉を加工したところ、ACE阻害活性が上昇することを明らかにした。最後に今後のさらなる研究の発展についてお話しいただいた。
◆特別講演「新型コロナウイルス感染拡大における医療と食肉加工の現状」
演者:桑平一郎氏(東海大学医学部付属東京病院呼吸器内科 特任教授)
演題:新型コロナウイルス感染症に学ぶ ~肺の構造とウイルスの感染様式, 重症化の要因と感染症対策~(座長:坂田亮一会長)
新型コロナウイルスは2019年の感染拡大から、既に半年以上が経過した現在でも、世界中で多くの新規感染者が報告されている。大学病院の呼吸器内科で実際に新型コロナウイルスに感染した患者を検査されている桑平先生には、新型コロナウイルスの感染の形態、重症化しやすい人物の傾向、最新のデータなどについて講演していただいた。初めに、新型コロナウイルスの特徴と肺での増殖の方法の概略について説明していただいた。この中で、新型コロナウイルスは食肉の機能性に関する分野でたびたび耳にする、アンジオテンシン変換酵素II(ACE II)に結合するため、一見、関連が無いようにも思われる食肉と新型コロナウイルスの分野間で意外な関連があることに桑平先生も大変驚いたご様子であった。ACE II受容体は身体の様々な臓器に幅広く発現しており、喫煙者ではこの受容体の発現が上昇するという興味深い報告例を紹介していただき、喫煙のリスクの高さがうかがえた。さらに、あまり目にすることのない貴重な感染患者の胸部CTスキャン写真を、症状の程度によりどのような違いがあるかを説明していただいた。新型コロナウイルスの感染による重症化の割合はそれほど高くないが、1型糖尿病や肺線維症など完治しにくい後遺症を発症する例もあり、感染すること自体を避けるための対策が必要であるものと考えた。また、桑平氏より多くの方が気になるであろう新型コロナウイルス第三波の到来については、人々の感染への対応や気持ちが緩くなっていることから、「必ず来ます。」と断言され、今後も引き続き新型コロナウイルスへの対策に気を引き締めなければならないと感じた。
演者:伊藤貢氏(有限会社あかばね動物クリニック 獣医師)
演題:家畜生産現場での新型コロナウイルス感染の影響と対策 (座長:押田敏雄会員)
愛知県で獣医師をされている伊藤先生には、新型コロナウイルスのような越境性感染症(豚熱)により養豚業界が受けた大きな損害の例を初めに解説し、現在、新型コロナウイルスが畜産業界に及ぼしている影響とその対応策について論じていただいた。現在、新型コロナウイルスの蔓延により、畜産現場は人手、流通、価格の3つが大きな問題に直面している。畜産現場で働く従業員を新型コロナウイルスから守ることは、最重要事項であるが、密を避ける対応により人員の不足がその代償として懸念されている。さらに海外研修生が来日できないため、労働力の不足は深刻な問題になりつつある。その対策として、ロボット搾乳機や最新のソフトウェア導入の指導を行なっている。次に、流通および価格の面であるが、大きな事例としてアメリカで起こった食肉加工工場での集団感染を例にとり、サプライチェーン寸断の問題を指摘した。アメリカでは、この問題により牛肉価格が2倍となった。日本では、牛乳および和牛価格の下落が報告されていたが、第一波の落ち着きから、最近では回復しているという少し明るい情報もあった。また、いずれの問題に対しても関係するが、畜産農家の中でも地域に根差して、新型コロナウイルスを初めとした感染症の対策が十分であり、HACCAPやJGAPなどの認証を受けた農場が人気を呼んでいるとお話しされた。新型コロナウイルスによる影響は今後も続くことが予想され、上記の対応を踏まえたうえで、時代の流れに対応し、共存していくことの重要性を感じた。
演者:竹内裕嗣氏(大和食品工業株式会社 代表取締役社長)
演題:コロナに打克つ、信用が総てなり(座長:西海理之会員)
新型コロナウイルスを2011年O-157以来のハム・ソーセージ業界に降りかかった社会問題と捉え、その社会への影響と今後の打開策についてお話があった。新型コロナは特に、小売、外食産業(特に都市部)に大きな打撃を与えており、緊急事態発令時(4~6月)の売上は前年比の30~70%まで落ち込んだ。一方で同時期のハム・ソーセージは前年比の100%を上回る生産量を記録した。これは外食の自粛などによるスーパーマーケットでの販売増加によるものであると考えられる。現状〜今後は宅配、テイクアウト事業が伸びており、この手の分野への注力が望ましい。また、高齢者向けの在宅食として、林会員の講演であったレトルト加工した食肉製品のテクスチャーについても今後着目される材料となる可能性があると述べられた。今後もマーケットの変化が予想され、先を読んで、流行りをいち早く取り入れるような戦略が望まれるだろうと食肉業界の展望をお話しいただいた。
4題の講演終了後、全体質問と総括の時間が設けられた(座長:松石昌典副会長)。
桑平氏、伊藤氏、竹内氏を中心に活発な討論が行われた。質疑は特に新型コロナウイルスの現状や今後の動向について多く見受けられた(日本人の罹患率の少なさ、靴底の消毒の意義、新型コロナワクチンの製造についてなど)。その他にも坂田会長から食肉業界から役立つ研究を求められているが、具体的にどのようなニーズがあるかとの質問があり、竹内氏が回答した。最たる例として、近年流行ったサラダチキンを例に挙げ、そのような時代のニーズを読んだ製品に関わるような研究が求められていると回答された。
最後に、有原圭三副会長より閉会の挨拶と共に、21年前のアジア初開催のICoMST(横浜)以来の日本での開催となるICoMST2022神戸大会への抱負が述べられた。アジアの食肉科学のリーダーとして日本食肉研究会の総力を結集し、成功に収めたいと結び、閉会した。