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私と食肉の科学第3回 本山三知代(農研機構 畜産研究部門 主任研究員)

 

フランス人から学んだ多様性の活用法

農研機構 畜産研究部門 畜産物研究領域 食肉品質ユニット 主任研究員
本山三知代


ヨーロッパの食肉生産大国であるフランスで研究をする機に恵まれてから、かれこれ2年経ち、こちらの習慣とかものの考え方への違和感も少なくなってきた。それでも「フランス人はおしゃべり好きだな」と今でも感じる。先日の大統領選や総選挙を見ていると、フランスでは考え方の多様性が日本より遥かに大きいなと思う。日本人同士なら察することが出来そうなことも、相手にしゃべってもらわないと理解できないようで「どう思う?」と尋ねられる。

そんなフランスで生活を送る中、「『私と食肉の科学』というテーマでエッセーを書いて」とお話があった。なかなか筆が進まない。『食肉の科学』と一言にいっても多様すぎる。それに、そもそも筆者は、大変残念に思うのだが、『食肉の科学』というものを大学などで学んだことがない。授業で体系立てて学んだことが無いためか、食肉科学とは具体的に何を指すのか、どんな専門分野があるのかが、ぼんやりとしている。そんな状態のまま食肉の品質研究をおこなう現職を拝命して12年が経ってしまったが、今回せっかくの機会なので『食肉の科学』の多様性について整理してみることにした。

食肉の研究者なら知っている学術誌「Meat Science(食肉科学)」の研究トピックス一覧が、分類が細かい上に体系立っていて、これを参考にすればうまく整理できそうだ。分類が上位のトピックから段々に下位の小さなトピックへと、それらしい階層を掘っていくと、あった、Meatというトピックが。Agriculture(農業)から数えて5番目の階層だ(イラスト1)。

 

イラスト1 Meat Science(食肉科学)の関連トピック (クリックで拡大)

 

Meatをさらに研究分野に分けたものが6番目の階層にあった。『食肉の科学』は、この10数個のトピックに分類できるようだ。生化学、化学、微生物学…など多様だ。自分の専門分野はどこに入るか探してみると、Meat quality(食肉の品質)が一番ぴったりきそうだ。

筆者は就職後、食肉の品質について研究を進める上で振動分光学の知識が必要になり、社会人学生として大学院の博士課程に入り振動分光分析について学んだ。ある英語の教科書の序文には「Skills required for a successful vibrational spectroscopist(成功する振動分光学者に求められるスキル)」としてこのようなイラストが載っている(イラスト2)。

 

イラスト2 「成功する振動分光学者に求められるスキル」

 

振動分光学者として成功するためには、イラストにあるようなスキルが必要、ということを教科書は言っている。実際どのスキルも重要で、博士課程ではこれらについて私に教えてくれた(1年オーバーして4年間在籍したが、さらにもうちょっと居させて頂いた方が良かったかも知れない)。振動分光学者として一人前になるには何を習得するべきか必要なことを簡単に整理してあって、とても分かりやすいイラストだった。そこでこのイラストを、食肉の品質研究者であるところの現在の自分に当てはめてみるとどうなるか考えてみた(イラスト3)。

 

イラスト3 「成功する食肉品質学者に求められるスキル(自分の場合)」。赤字部分はイラスト2と違うところ。

 

イラストにあって自分にまだ足りないものもあるが、とりあえず、イラスト2と3を比べてみると実験に用いる分析手法に関係するスキルが変わるが(イラスト3赤字部分)その他は同じだった。そこでちょっと強引に「成功する食肉○○学者」と一般化も試してみた。「○○」の部分には、イラスト1の階層6にある、生化学、化学、微生物、加工、栄養など多様な専門分野名が入る。専門分野が変わると一番違ってくるのは、やはり用いる分析手法のように思う(イラスト4)。

 

イラスト4 「成功する食肉○○学者に求められるスキル」。赤字部分は「○○」によって異なると思われる部分。

 

研究の専門性について一般的によく言われることに、「専門分野が細分化されすぎていて異なる研究分野の最新の成果について理解が難しい」ということがある。理解を困難にする原因として、イラスト4で一番異なると思われた、分析手法の違いが大きいと思う。分析手法には種類がたくさんあり、それぞれが日進月歩で、自分の使っている分析手法以外の手法まで常に明るいことは無理だ。また、分析手法それぞれに特有の用語があり理解が難しい。前出の振動分光法を例にとった場合、「ラマン分光」(当方がよく用いている分析手法)と言ってどれだけの人が理解してくれるだろうか。フランス人個々人の違い以上に、言葉がそもそも通じないかも知れないという点で、「○○学者」の多様性は大きい。

冒頭に、フランス人がおしゃべり好きなのは、しゃべらないとその人が何を考えているのか多様性が大きくてわからないからでは、と書いた。フランス人のおしゃべり好きは友人同士だけでなく、仕事にも表れる。昨年(2016年)一年間だけで、「家畜、食肉そして社会―ちりぢりになる関係」「消費者の期待に応える食肉の品質とは?」といった大きいテーマについて、研究者だけでなく食肉関連産業の方も一緒に集まっておしゃべりするために、パリで2回もシンポジウムが開催されている。

『食肉』と一言で言っても、生化学的側面、化学的側面、微生物学的側面、加工学的側面、栄養学的側面…など、たくさんの面がある。これらのさまざまな面で作られるものが『食肉』の実体かと思うが、自分の専門性を高めながら、かつ全体をつかむというのは簡単でない。しかし、食肉という実体を扱う『食肉の科学』や産業界に貢献するためには、全体をつかまないといけないなと感じる。ここは一つフランス人を気取って、違いの大きい人ともおしゃべりを楽しんでみようと思う。

(2017年7月記)