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私と食肉の科学第1回 鮫島邦彦(酪農学園大学名誉教授)

samejima

私と食肉の科学

酪農学園大学名誉教授
鮫島邦彦


食肉科学との出会いは、学生の時の実習で初めてソーセージを作った時であった。当時は、食糧がまだ乏しい時代でもあり、貧乏学生にとって食肉や食肉製品を食べることなどは超高級品の高嶺の花で、滅多に口に入ることはなかったのである。実習後の製品試食は学生一同の最大の楽しみの時であった。味や製品の良し悪しなどとんと関係ないのである。ただ、ガツガツと食べたのである。そんな実習の何回目かの時に、指導してくれた当時助手であった深沢利行先生(故九州大学名誉教授)が、ソーセージの品質で大切なのは保水・結着性といわれるもので、これが味覚にも影響を与えるのだと教えてくれた。どうしたら保水・結着性の優れたソーセージを造ることができるか経験的にはかなりの部分解っているが、科学的にはほとんど不明である。したがって、しばしば食肉加工メーカーでは品質の劣る製品を作ってしまうことがあるのだとも教えてくれた。
深沢先生は当時華々しい勢いで発展していた筋肉生化学や生理学分野の知見を活用して、筋肉から構成しているタンパク質を選択的に抽出し、食肉製品の保水・結着性のカギを握っているのは筋肉構成タンパク質のミオシンであることを示唆したのである。折しもその時、私は卒業論文に取り掛かっていた時で深沢先生の指導のもとにブロイラーの発育と筋肉の質的変化を調べていたので、自然と時の最先端の手法を用いて実験を進めることができた。それまでの食肉や食肉加工品の品質についての研究が、肉レベルのものから、一気に分子レベルの実験に移行しつつある時期でもあった。言い換えると、官能的な品質判定から(もちろん官能判定もないがしろにはできない重要な手法である)、より精密で判定者の違いによる偏差のない機器判定が必要とされる時代になったのである。そのころ、安井勉先生(故北海道大学名誉教授)がアメリカでの研究生活を終え帰国され、私は安井先生の指導下で深沢先生の仕事を発展させるべく研究を開始した。
食肉製品の保水・結着性という特性は、製品の品質を決定するきわめて重要な性質であるが、肉という様々な成分を含む複雑な系のなかで発現されるため、長年その本質を見つけることができなかった。深沢先生が示唆したミオシンがどのように保水・結着性と関連するのか探求することにしたのであるが、やっかいなのは、ミオシンを抽出・精製するのもそう容易なことではないし、相手は肉眼で簡単に見ることができないのである。しかし、いろいろ試みるうちにミオシンの加熱ゲル化能と食肉製品の保水・結着性の密接な関連がわかり、単純なモデル系での研究が進みだした。保水・結着性を判定する方法は、種々あるがどうしてもレオロジー的解析を避けて通ることができない。ところが、レオロジーに全く知識がなかったためゲル化能をどのように判定するか実験を開始したころはきわめて稚拙な手法でのデーターしか得ることができなかった。
タンパク質の希薄溶液で起こる加熱ゲル化能はきわめて敏感な変化をともなうために既知の感度の鈍い測定法ではうまく検知できないのである。幸いなことに、近くにレオロジーの大家、中川鶴太郎先生(故北海道大学名誉教授)がおられたので教えを乞うことができた。中川先生からのヒントを基に、あちこちの研究室から化学天秤(当時電子天秤が化学天秤に代わる時期でどこの研究室でも化学天秤が不要になっていた)を提供してもらい、手製で測定装置を作製したところ、これが見事な結果を見せてくれた。この装置を使った実験結果から保水・結着性のメカニズムのかなりの部分を明らかにすることができ、食肉加工や品質管理の分野にささやかな貢献をすることができた。しかし、ミオシンやほかの筋肉構成タンパク質の加熱ゲル化現象はあくまでも比較的単純な系での話であり、食肉という複雑な系で見られるすべての現象に完全に対応しているというわけではない。まだまだ明らかにしなければならないことが残されているのである。
世代を超えた多くの経験の積み重ねから、当たり前になっているような事実であっても、事実がいつも真実とは言い切れないことを我々は常に認識していなければならないと思う。なぜなら、事実は条件によってさまざまに変わりうるからである。科学する人と思考は、我々の周りに存在する矛盾や未知の現象を解明し、真実を見つけ、それを人間の生活に資するために必須である。一方、新しい発見があると、それが全て真実であるかのように我々は錯覚し、あらゆる現象をそれで説明しようとする性癖がある。しかし、それは思いあがりではないか。
われわれの感知し得るすべての現象は、見えないものの個々の変化やそれらの相互作用により起こるものであることを考えると、見えないものの変化をいかに正確に見るかが、新しいものを創造する鍵になるのではないかと考えている。